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2023年04月

Wittnauer Cal.10WA搭載、1950年代アラーム時計のオーバーホール

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少し前の話になるが、ずっと気になっていた時計がようやく入手できたので早速手入れすることにした。

この時計、昔とあるビンテージ時計店で見かけたことがあり、その時時計師さんが言うには「この時計はそこらへんの時計師が触ったらたいてい壊されます」と言っていたので、いざ時計が手元に来ても自分で触るのはとても怖かった。しかし整備しないと使えないため、細心の注意を払って手入れしよう!と決心したのであった。

しかしいざとなるとどれだけ探しても分解する手順がどこにも載っていないため、大変慎重にばらし方を考える必要があった。2日間くらい時計とにらめっこして、どうすればもっとも時計にダメージを与えるリスクを減らせるかを考えながら、ばらす方法を考える。

結果、どこかの海外サイトで、ベゼルを外した後の時計の写真があり、それをよーーく見ることでベゼルがはめ込み式であることがわかった。なので、このようにマスキングテープを貼って養生し、ゆっくりと、まっすぐコジアケを差し込む。すると・・・このようにベゼルが浮き、取り外せるようになるのであった。
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こちらがベゼルの裏。この時計、とても変わっていて、ベゼルを回転させることでアラーム針を回しセットする。しかも、同時にアラーム用のゼンマイも巻き上げるのである。↓の内側には、ベゼルの回転をムーブに伝えるための歯車が見て取れる。
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ベゼル、風防を取り外したところ。文字板の細かいギョーシェが美しい。かつ、インデックスが三角形、いわゆるシャークトゥースの形になっていてとてもカワイイ。アラームインジケーターはウネウネのサーペント針で、青焼きが施されている。
この年代のビンテージ時計で、長針と短針の夜光がこれだけきれいに残っているのは…奇跡ではないだろうか。
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ものすごく状態がいい。このモデルは防水性も低いため、たいていのモデルは湿気にやられ文字板に錆や汚れなどのダメージが浮いているのが常である。よーーく見ると、スモセコのインナーダイアルに子擦り傷がある。この理由は後でわかる。
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ほれぼれする美しさ。なお、文字板の周りに銀色の金属がぐるっと円を描いて置かれているのがわかるであろう。これは音環(という表現がいいのかはわからない)で、ムーブメントのハンマーがこれを叩いて音を出す。一般に、長ければ長いほど音がきれいに響くといわれている、と思う。
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裏ブタは単にはめ込まれているだけなので、こちらもこじ開けで開けられる。美しいムーブメントである。耐震装置がないので、時代としてはかなり昔のものということがわかる。ちなみに、1950年代の時計である。
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ムーブメント近影。穴石の周囲がしっかり面取りされ研磨されているなど、非常に丁寧に作られた印象を受ける。ねじもしっかりしているのがわかるであろう。
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キドメねじを外し、ムーブメントを取り出す。
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横から。必ずばらすときに、横から写真を撮り針のクリアランスを記録しておく。これが組みつけの時に大変役に立つ。
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横から。これインデックスも針もギョーシェも良すぎでしょ!?
少しはみ出ている歯車は、ベゼルの内側の歯車と連携してアラーム用のゼンマイを巻き上げるもの。
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アラーム用ハンマーはコレ。
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インデックスや針には経年のくすみが見られる。
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ばらしていくので針を外すのだが…開けてびっくり。この秒針のハカマを見よ!wめちゃくちゃ長いので引き抜くのに一苦労であった。これが理由で、前に整備した人が、ドライバーかピンセットをインナーダイアルに擦って、線傷がついてしまったのであろう。うーん、悲しい。
この秒針、しかもよくみると先端に向かってすこし膨らんでいるのだ。形がカワイイ。
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分針を取り外す。
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時針を取り外す。アラーム針の美しさが際立つ…この青い輝きを見よ。
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さて、ムーブメントをばらしていく。これは輪列受けを取り外したところ。
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角穴車、丸穴車を取り外したところ。
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香箱受けを取り外す。
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ベゼル。風防も傷だらけなので、ベゼルの金メッキに影響がないよう養生して磨く。
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養生したところ。
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少しだけ金メッキ部分を磨き、プラスチックは耐水ペーパーとサンエーパールで順番に磨く。まあまあきれいになった。
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さてこのムーブ、なんと・・二階建てなのである。↓はアラームモジュールの上下を分離したところ。アラームモジュールはサンドイッチのような構造になっていて、間にアラーム機構が収められている。それがそのままベースとなるムーブメントに乗っかっているだけであり、かなり大雑把な二階建て機構である。
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アラームの仕掛けについて解説。No.0のところがアラーム時刻になると押し下げられ、NO.1の部分の細いピンが解放される。これにより、No.2のゼンマイの力がNo.3の歯車に伝わり、この歯車がギザギザの歯を持つアラーム用歯車をぶん回し、それによりNO.4のハンマーが振動する、という仕組み。シンプルである。下に見えてる巨大な歯車は、ベゼルの回転を受けアラーム針を回すためのもの。
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このあと、さらに細かいパーツの洗浄、組み上げがあるのだが省略。上記のアラーム機構に気を付け、注油ポイントを見極めるのが重要。あとは基本的なムーブメントのOHでいえる。以下はすでに仕上がった状態。
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どうだ、、、この可愛さ。インデックス、針、ケース、すべて最高である。そのうえ、ベゼルを回転させてアラーム針をセット、しかもアラーム用動力を巻き上げるというとんでもない仕様。そもそも、アラーム時計でリューズが一つしかないというのは大変珍しいのである。
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…余談であるが、この時計、なぜか玄人受けがものすごくよい。海外の超有名コレクターや、ハイジュエラーのトップ顧客、個性的な名物コレクターなどがインスタのコメントなどでやたら反応してくださるのである。日本においては、高級時計専門誌Chronos日本版の編集長、広田氏が手に取り『これはすごく良いですね、欲しいです』と真顔でおっしゃっていた。僕と同じく機械式アラーム時計を愛する、結構ディープな女性時計コレクターが海外にいて、その方もずっと探していると言っていた。実は僕の手元に微妙にニュアンスの異なるこれと同じ時計がもう一本あるのだが、そちらも早く整備して手放すべきなのだろうなあとぼんやりと考えている。

これまた余談であるが、Wittnauerではこの素晴らしいシャークトゥースデザインのインデックスをもつアラーム機構がない手巻きのモデルが存在する。実はそちらも手に入れたくて探していたのだが、状態の悪いものしかなく(それでも超レア)当面の入手はあきらめたのであった。

と、以上、結構長く探してたWittnauerの珍しいアラーム時計の、さらに珍しいOHの記事でした。多分、Cal.10WAのここまで詳しい分解写真は世界でここにしかないと思う。

SEIKO BELL-MATICのオーバーホール その3

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さて、裏返して日の裏を組み上げていく。
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ほとんど写真がないw
淡々とカレンダーを取り付けるまで進む。

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カレンダー抑えを取り付けたら、その上に曜日のDISCを入れる。DISCに空いてる穴からオイラーを突っ込んで抑えを少しずらし、回転させつつはめるとよい。

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文字板の取り付け。見よこのコンディション!!めっちゃきれい。おそらくこれまで一度も手が入っていないため、新品のまま残ってきたダイアルである。湿気の浸食もなく、素晴らしい状態を保っている。こんな宝物を、この手で触れて感動。

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アラームインジケーターは外周リングになっており、上から乗せた後側面にあるおさえ板(?)で浮かないように抑える。スムーズに回ることを確認し、針を取り付けていく。
曜日の切り替わりとアラームを合わせ、12時の位置に針を取り付ける。

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針を載せたら・・・

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針オサエでぐいっと押し込む。アラーム時計は、押し込むときにアラーム抑えの分沈み込むので、しっかりと針を押し込まないと浮いてしまうので注意。力を変な方向でいれてしまうと、短針が曲がって文字板に接触してしまうので、慎重に、穴の大きさがあった針抑えを使う。

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磨いたケース、ベゼル、風防、裏蓋。ベゼル下は傷んでいるところはできるだけ削ったが、どうしても錆に浸食された跡は残ってしまう。でもこれはぜんぜんましな方である。
ベゼルはピカピカに磨いたのでギラギラしているw

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ケーシング。何度も何度もチリ吹きでホコリを飛ばし、確認しながら入れ込む。

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ケーシング終了、完成。見よこの輝き!!ベゼルのギラギラ度ヤバイ。

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ケースの傷は完全に取り切れなかったが、形を変えない程度に磨きこんで輝きを取り戻した。

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風防もクリア!視認性抜群。文字板はもはや神々しいレベルである。

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うーん、かっこいい…

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針のクリアランスチェック。実は一度お返しした後、秒針のずれにより分針が外れてしまったため、もう一度秒針の袴を締めなおして曲がりを取り除き、分針もよりタイトにはめ込んで調整している。

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組んだ後は実際の使用で問題がないかをチェックする必要がある。

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この輝き、どうだ・・・!ケースの形はシャープに保ったまま、小傷を取り除きクリスタルガードでコーティングすることでこのように美しい輝きを取り戻してくれた。

…と、いうことで、持ち主にお渡しして、今はストラップを選んでいるとのことであった。こちらから申し出ておきながら手間賃をいただいて直させていただいたSEIKO BELL-MATIC。全く同じモデルを持っているのだが、こんなに良いコンディションのBELL-MATICに触ったのは初めてであった。

長く時計趣味をやっているとこういう事もあるのだなあ、と有難く感じている。Tさん、どうもありがとうございました!

以上、SEIKO BELL-MATCのオーバーホールでした。

以下、その他写真集。1、2枚目は受け取ったときの写真。
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SEIKO BELL-MATICのオーバーホール その2

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さて、バラしていこう。まずは日の裏から。SEIKOのデイデイトムーブメントは、実用性を効率よく追いかけているオーラがひしひしと感じられて素晴らしい。きっと多くの社会人の企業生活をしっかりと支えてきた事であろう。

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目立った汚れのないパーツ。分解された形跡すらない、素晴らしい。

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カレンダーを外したところ。ばねはロディコを吸着させながら慎重にピンセットで取り外す。間違っても細めのドライバーを差し込んではじいたりしてはならない。


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次に輪列をばらしていく。単純明快な構成である。


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受けを外した状態、目が行くのはやはり左上のむき出しのゼンマイ。これはアラームを駆動させる用のゼンマイで、主ゼンマイとは独立して手巻きで巻き上げる。このゼンマイの収め方はBell-Maticの大きな特徴といえる。

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受けの裏側。古い油汚れがこびりついている。


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板状のコハゼ、三番車、四番車を外す。

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香箱も外す。この通りよごれがこびりついている。

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さて、これは二番車。
分針が取り付けられ一分回に一回転するのだが、この写真からわかるだろうか?根元のあたりに茶色い油汚れがびっしりついており、粘り気がとても強くなってしまっている。この歯車が回らないのが今回の時計の不動の原因といえる。

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洗浄にかける前に手でしっかりと汚れを落とす。するとこのようにすっきり!もっかい地板に戻してチリ吹きで空気をあててみて、抵抗なく回ることを確認する。


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次にアラーム機構、切替機構の分解を行う。

この時計は

1.時計機構
2.アラーム機構
3.日付・曜日機構

と大まかに三つに分かれていて、機能別に意識して分解していくと混乱せずに済む。


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バネも使われているため木で押さえながら慎重に取り外していく。


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切替機構には細かいギアがたくさん。アラーム時計は黒のグラフに比べてシンプルなイメージがあるが、切替機構はクロノグラフより部品も多く難しいと思う。
どうでもいいがこの台はSEIKOのS-682というもので使いやすくて大好きなのだが、プラスチックにはいっているスリットの隙間によくパーツがおちるので、このように分解や組み立ての時はセロテープで覆ってしまう。


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あらかた外した状態。あとはテンプの穴石などを外す。

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テンプ受けから穴石を外した状態で地板に戻す。こうすることでひげゼンマイの超音波洗浄ができる、とTwitterで教わったのであった。なんとリプライで教えてくれたのは自宅で時計制作をされている小栗大介氏。トゥールビヨンを自分で作ったりしているすごい人。


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分解したパーツはこのように細かく小部屋に分かれている弁当箱?のような箱に収め、ちゃんと写真でどこがどう固まっているかを残しておく。こうすることで、組み立てるときにねじの組み合わせを間違わずスムーズに進めていける。洗浄した後は同じ位置に戻すことで写真を見ながら間違いなく組み立てられる。

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メインスプリング。香箱の中は意外ときれいであった。ゆびで抑えながら丁寧にほどいて外していく。

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拭いてみると古いグリースの汚れが結構ついてくる。こちらも超音波洗浄の前にしっかり手で洗う。ベンジンをいれたガラスケースに入れてこすったりして汚れを落とす。


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超音波洗浄。位置を変えながら何度もやる。↑は最初にざっと洗っているところで、ケースはこの後プラスチック風防を外して磨いてまた洗浄して、、、というのを何度か繰り返す。ケースも、磨くたびに洗浄して研磨剤を落とす。

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水ですすぎ乾燥させ、終わったら注油しながら組み立てていく。


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組み立ては、分解の逆の手順で進めていく。また、ちゃんとマニュアルを読みながら進めていくのが重要じゃないと手戻りが発生したりして後で悲しい思いをすることになる。


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輪列も注油しつつ戻していく。


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切替機構が終わったのでアラーム機構へ。


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ちゃんとバネと石も注油して戻しておく。

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リュウズとアラーム用ボタンを戻し、動作を確認しながら組み立てていく。
アラームボタンを引かずにリュウズを引いた動作やアラームボタンを引いた(=アラームをONにした)状態でのリューズの操作など、パターン別にきちんと動くか動作を確認していく。

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それがおわったらカレンダー機構へ。

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カレンダー抑えを取り付けたところで、ある部品が箱に残っているのに気付いた。右下にある、星のような形をしたアラームを駆動させるための歯車である。さっき輪列組んだときに一緒にいれとかないといけなかったのを忘れていた

うーんこういう小ボケが作業効率を落としてしまう。もっともっと改善の余地ありである。


つづーく

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