SEIKO SPACEMOVE と一緒に過ごす
さてここ数日、もっぱらセイコーのスペースムーブを着けている。
こんな変な飯を食ってるときでも…
ところで僕はあまりクォーツ時計に興味がない。
単純に好き嫌いの話なのだが、ゼンマイ時計やテンプのチクタクと振れる音が、好きなのだ。壊れたら壊れたで、どこが壊れたか見てわかるものが好きなのだ。
この時計はクォーツで、しかも真ん中の赤いクロノグラフ針が実はただの秒針であるというトリッキーな時計である、
それでもこの時計を愛して止まないのは、この時計に素晴らしいストーリーがあるからだ。
この都会の文字盤は、実際に宇宙に行ったスペースシャトル、エンデバーの表面に敷き詰められていた、耐熱パネルを溶かしたものが塗り込められている。
毛利衛飛行士を乗せて、実際に地球の外、未知の領域へ人類が踏み込んだその一歩を支えた重要な機構である。
僕はかつて、時計とはその発明を神に誇れる数少ないものの1つではないか、と書いたことがあるが、宇宙に飛び立ちそして還ってきたスペースシャトルもまた、その1つであろう。
原始の時代、人は未知の世界を夢見て船を作り、大海原に漕ぎだした。海流や天候に恵まれ新天地にたどり着き、そこで家を作り、家族を得て、文明を築いた。
寄生虫の研究結果などから、実に4000年もの昔すでに日本から海を渡り、南アメリカ西海岸に到達した部族がいた事も分かっている。
未知に漕ぎ出す船、その現代の象徴がスペースシャトルそのものではないだろうか。これがロマンでなくて何であろう、物語でなくて何であろう。
この時計の文字盤を眺めていると、スペースシャトルの耐熱タイル素材の凸凹が、その微かな陰影を静かに映し出しているのがわかる。
その陰影の1つ1つに、人類の普遍的に持つ限りない探究心と好奇心、そして数多のエンジニアの執念が宿っている様に思える。それらはまた、その下に息づいている無機質なムーブメントにも、同じく宿っていよう。
古代の同胞は広い太平洋の真ん中で、凪の夜に見上げた星空と何を語り合ったのだろう。ただただその好奇心、未知への探究心を抑えきれない情熱を、何より生命を賭した執念をひたすら天に説いていたのではないだろうか?
そんなことを考えていると、この時計を巻いているとなにかそんな精神にあやかれるような気がしてくる。この時計を好き好んで買い求める好事家達、とくにSEIKO SPACEMOVE とかってググって偶々ヒットしたこんな場末のブログを読んでいる人たちには、そんな風に思う人もおられるのではなかろうか?
未だ見ぬ素晴らしいもの、---- 例えばオバQの頭に胡麻とネギをふりかけて並べた料理のようなもの ---- にいつかたまたま出会うため、冒険と好奇心を忘れたくないものである。
以上、SEIKO SPACEMOVEとしばし過ごしたお話でした。
コメント
コメント一覧 (2)
ですよね。どんな事でも真剣に取り組んでいると壁にぶち当たります。その壁を乗り越えようと進むか逃げるか、僕はどちらでも良いとは思うんです。ただ、真摯に向き合うことは大事かなと思います。そして、いつどんな時であろうと、その時に向き合い楽しむことが出来ればベストかな〜と。その際には、きっと冒険心が必要なのかなぁと思います。後、ユニークがあれば、なおさら良しかと!
僕は、消極的な面があるので、こういった事を言い聞かせる時がありますね。
なんだか、記事のコメントとずれてるかもですが、読んで感じたことを書きました。
冒険心にあやかれる一品を身につけるって良いですね!
ところで、美味かったですか?オバQ?笑
お読み頂きありがとうございます。ビンテージ時計愛好家的には、オンラインで買ってはるばる海を渡ってくる時計を開封する瞬間に相当の冒険心が試されますw
オバQはこれめちゃめちゃ美味しいんです。モチっカリッジュワッみたいな…