トケマッチとは何だったのか

何だったのか、も何もない。捜査の中で貸出し実績がないというのが明るみとなり、計画性の高いポンジスキームである事が明らかになったわけで、まあ詐欺事案だった訳です。ネット上で時計を預けた人を非難するポストも見かけるけどそれは事後孔明というやつで、詐欺の被害者という事で大変気の毒に思うより他にない。

と、結論が最初の2行で出てしまうのだが、この事件には、非常に興味深い点が一つある。
それは、だまし取ったのが現金ではなく時計だったという点である。

awaefawfasdf

マネーロンダリングと時計
僕は常々、時計の世界というのはマネー・ロンダリングと非常に親和性が高いと考えていたし、以前、WebChronosのメンバーサロンで腕時計とマネー・ロンダリングについて何回かに渡って長文を書いた事がある(最下部にリンク掲載。ぜひみなさんもWebChronosに参加してみてください、濃いですw)。

マネー・ロンダリングの入り口には、略奪や詐欺、強盗など犯罪行為やによる収益があって、次にそれをいかに『普通に使える』クリーンな金にするのかが来るのだが、普通、腕時計がダーティーマネーに関わるときは当然ながら現金⇒時計の流れでマネロンスキームに組み込まれ、どこかで時計⇒現金という出口にたどり着く。

翻ってトケマッチは、『いきなり腕時計』である

報道にある数字をよむ
直近の報道では、今年の1月を中心に在庫(?)を売りさばき、およそ1億円ほどの現金を作ったとあり、その後首謀者は会社を解散、住居も退去後にドバイに高跳びした、とある。尚この記事は非常に詳しく書かれていて、被害者グループの人数は「190人」、判明している不明分は『866本(計18億4000万円相当)』との事だ。

それぞれの数字を見ていこう。

まず、『1億円ほどの現金』である。これを多いとみるか少ないとみるかは難しい所だが、高跳びして国際手配される身としては、まあ涙が出るほど少ない、と言っても過言ではないだろう。しかも行先はドバイである。青天井のお金持ちが悠々自適に過ごす楽園である。実際にはもう少しあるだろうが、激しい円安のこのご時世、資金は2年も持たずに底をつくのではないだろうか?

次に、被害者グループが『190人』。これは、スキームの規模を考えれば予想外に少ない数字である。あれだけ人生をかけて、シェアリングエコノミーという時流に乗ってTVCMを打つなど壮大な仕込みを行い詐欺を敢行しても騙せたのはたったの190人なの!?とさえ思った。

ちなみに、僕のTwitterは1500人くらいの人にフォローされている。僕のつまらない呟きを好き好んでフォローする奇人たちであるが、まあ、それでも1500人は居るわけだ。この規模のポンジスキームにしては、非常に少ない人数だという印象を受けるし、それが被害発覚が遅れた(っていうか会社を潰すまでに時計を集める時間が十分とれた)ポイントだったのかも知れない。

んで、行方不明な時計の『866本』という数字。これを被害者の数(被害者グループ+αとして200人とする)で割った場合、一人当たり4-5本を預けていた、という算段になる。毎月の配当金が欲しいばかりに借金をこさえてまで時計を預けていたという人もいるくらいだから、まあ中央値で一人だいたい2本くらい預けていたのではないかな、と思っている。高級時計ってやはり一本だけ持っていても物足りないと思うのが普通の人だと思うので、まあ普段使いの時計を一本残し、あまり使わないものを預けて配当に与ろう、という人が結構いたんじゃないかなあと想像できる。

そして最後にそれらの価値、『計18億4000万円相当』という部分。これがひっじょーに気になるのである。

盗品の(物理的な)重さと国内での在処について
現在判明しているだけでキャッシュでおよそ1億円。たぶんまあ判明していないのがその3倍あるとしても合計で4億円くらいは換金されているかもしれない。それでも15億円ほどの価値が、まだ時計の形をしてどこかに存在している訳である。これには首謀者の福原某も頭を抱えているのではないだろうか。

腕時計は、時計単体でも実は結構重い。プラトナだと300g近くある(びっくりドンキーの300gハンバーグを思い出してほしい)というのは有名だし、SSのデイトナでもその半分くらいはあるだろう。18億円を866で割るとだいたい200万円の単価となるが、それなら相当数の貴金属の時計が含まれているだろうから、まあ平均は200gとしよう。200gx800本で、160kgである。しかも、ほとんどの場合は箱やら紙袋やら保証書やらと一緒に預けていただろうから、それらを含めると全部で400kgくらいはあるのではないだろうか。

こんなもの飛行機で運べるはずもないし、頑張って10本くらい持って行ったとしても税関で引っ掛かるリスクもある。日本のどこかに保管していると考えるのが自然である。

その保管されてる在庫を現金化しドバイに送金するスキームももちろん準備されていたとは思うのだが、それが一体どのように行われるのかという点において興味が尽きない。

現金化する方法とは
日本で業者に売り込むのは不可能だろう。詐取された時計のシリアルは集められて業者に共有されているだろうし、当然ながら大手のバイヤーやオークショニアには警察から相応の要請が入っていると考えらえれ、非常に警戒しているに違いない。

ここまで読んで、一旦、手を止めて考えてみてほしい。あなたなら、どのように現金にするのだろうか。手元に800本の高級時計があり、店に売りに行くことはできない…こういう場合、マネー・ロンダリングならぬウォッチ・ロンダリングが、どう展開されるのだろうか

・・・おそらく一番可能性が高いのは、個人間取引による現金化かな?もちろん、こんなに報道されている中で手あたり次第に買い手を探しても上手くいかないどころか自分たちの身が危険になるため、時間をあけて少しずつメルカリやヤフオクで流していくか、ダークマーケットに投入するか、という事になるだろう。

もし首謀者グループにツテがあれば、一番合理的なのは海外の顧客に売りさばいてしまう事だろう。たとえば、中国から団体でやってくるツアー客に安く時計が買える店があると持ちかけ、詐取した時計を安価に販売する。これなら顧客は安価に本物の高級時計が買えてハッピーだし、首謀者は現金が手に入りハッピーである。あるいは、密輸で少しずつあるいは大量に東南アジア某国、あるいは首謀者の逃亡先であるドバイなどに運び、そこで売りさばくという手法も考えられる。

(余談)最も恐ろしいのは、首謀者の福原某がただの操り人形だったというケースである。この詐欺はすべて黒幕が考え福原某に指示通りに実行させたものであり、時計は黒幕のマフィアなり半グレがまとめて買い取り、彼らの中の、あるいは海外の独自のネットワークだけで販売するとなったらどうであろうか。仮にトケマッチが詐取した時価15億円相当の時計を黒幕が5億円で買い取ったとして、それをさらに8億円、つまり市場価格の半額程度で仲間内にだけ販売するとなれば、黒幕はほぼノーリスクで3億円儲け、買い手は安く高級時計が手に入り、福原某は5億円+売り抜け分のキャッシュ数億円の収益を手にするわけである。もっともこの場合福原某は切り捨てられた駒のようなもので、後述する通りドバイで早晩立ち行かなくなるであろう。下手すると自殺にみせかけて口封じに殺されるかもしれない。黒幕の発案者は天才的である。ま、こんなシナリオがあったら映画だけど。

時計の在処をどう見つけるか
が、いずれにせよ800本もの盗品高級時計を直ちに現金化するのは非常に難しそうに感じるし、仮に現金化できたとしてもその資産をどう移動させるかというのも同じくらい難しい。被害に遭った時計はしばらくは国内のどこかに積みあがって放置されるのではないだろうか。そしてこの場合は国内に協力者が欠かせないと見られる。
もしも協力者が居るならば、首謀者の身辺調査から怪しい人物を割り出すのはそう難しくないであろう。割り出してしまえばあとは泳がせておけば時計のありかは掴めるかもしれない。嘘か誠か、近頃時計の保証金が振り込まれたと主張する人物も現れたので、これが協力者による振り込みだった場合は徹底的に追跡される事になるだろう。

もしも協力者がいないのであれば、時計は既に「売却あるいは密輸されている」か、本当に「ただ放置されている」。トケマッチは2023年末より預かり強化キャンペーンを打って時計を集めたあとすぐに会社を潰して逃げているため、どの程度密輸で越境移転させる暇があったのか甚だ疑問。海外に流れてしまっている時計はまだまだごく一部でほとんどは国内にあるのではないだろうか。送られてきた時計を移動させる際の監視カメラなどのデータがまだ多く残っていると考えられ、首謀者の行動調査から時計が置かれている場所の判別も可能となるかもしれない。

勝利条件と敗北条件
200人ほどの被害者の方々の勝利条件は、『時計が戻ってくること』。毎月の配当金をすでにもらっているため、もし時計(あるいは賠償金)が戻ってくれば詐欺の被害に遭ったが利益が出た、という奇妙な事になる。無論その利益は、だまし取った時計を売約した利益なのであるが。おそらくその勝利条件のオプション程度で、『首謀者の逮捕』というのがあるだろう。

翻って福原某の勝利条件が中々厳しい。『ドバイで捕まらない事』はもちろん、『1億円のキャッシュの目減りを防ぎドバイで生活基盤を構築すること』、『いつか日本に帰る事』、『日本に残してきた時計が見つからないよう保つ事』、『日本に残してきた在庫の現金化を行い、その収益を自分に移転させること』、『協力者の逮捕を避ける事』あるいは『黒幕に殺されない事』などウルトラハード級の勝利条件を背負って生きていかなければならない。裏返せば、これらのすべてが敗北条件であり、それをすべて回避する必要がある。無理ゲーである。

浜の真砂は尽きるとも…
ポンジスキームは非常に強力な仕組みであり、金融商品はもちろんのこと仮想通貨からエビ養殖、はては和牛なども組み込まれた事がある。原理的に根絶は不可能なのだ。それがたまたま、高騰&希少化が進む高級時計に焦点があてられただけである。それだけに、ただでさえこの風潮を快く思っていなかった多くの時計愛好家の胸を痛めている。

はたして何人が勝者たりえるのか、首謀者の福原某は今後どう立ち振る舞うつもりなのだろうか。僕のような時計愛好家には特に、目が離せない事件である。


彼らが愛しているのは、時計か、カネか。(1)
https://www.webchronos.net/sns/?m=pc&a=page_fh_diary&target_c_diary_id=77162

時計雑誌の編集者というお仕事

カテゴリ:
一昨年から、縁あって時計雑誌の編集者・ライターの方々とお話しする機会が、ぽつぽつとあった。

もちろん彼らはプロフェッショナルなので時計の知識はすごいし、書いている文章もとても勉強になるし、ちゃんと事実を裏どりして書いてくれているので安心である。

そして、実際にお会いして話をしていたら、書物に書いてあることの数倍濃いお話をしてくださる。つまり、彼らの経験や知識をオレンジジュースのようにぎゅっと絞って絞って、いろんな事情で出せないものを取り除いて、きれいにパッケージングして値段をつけたのが、我々が目にする彼らの『仕事』である。

しかし、これって凄いことだよなあ、大変な仕事だよなあ、といつも思うわけです。

何故なら、彼らは誰よりも時計に詳しいかもしれないが、きっと時計好きの誰よりも、『自分の好きな時計』に拘る事ができないと思うから。

il2
(手がおかしいのはAIのせいです)

どういう事か。

彼らの仕事は日進月歩で進化し、目まぐるしく情勢の入れ替わる時計業界の最新情報を常にとらえておく必要がある。ので、常にアンテナを高くかかげ、膨大な情報を処理し、新しいことや人に取材をし、記事化する必要がある。時計業界で最新情報を幅広く常に追い続けるって、どれだけ大変なことか想像がつくだろうか?

自分の好きな時計、ひょっとしたら自分の持ち物についてすら、振り返ったり、ゆっくり愛でたりといった暇もないのではないだろうか。そして、会社もそんなものは求めない。なぜなら、読者にとって価値がないから。

たぶん、自分の苦手な分野についても情報を追い、取材し、記事化し、その記事について誰かに怒られないといけない。その度に「こんなもの俺だって書きたくないよ」と、心の中でだけ呟くしかないのかもしれない。

もしも自分がただの時計好きなら取り上げもしない、目もくれない、自分にとって全くどうでもいい時計についても、だれがどういう意図で発売し、どう出来上がっているか、どの写真が一番マシに見えるか、噓をつかない程度にどう魅力的に書くか…というのに頭を悩ませる必要もあるのだろう。

そしてもちろん彼らは公平な立場からものを書く義務があるため、自分が好きなブランドを感情をこめて賞賛するような文章を書くことができない。いや、ひょっとしたら少しはあるのかもしれないが、そうすると今度は他方から文句を言われることを覚悟しなきゃいけない。

P1200115
(最近買ってOHしたSEIKO 45-7000。精度が異次元に素晴らしい。もちろん本文とは関係ない)

きっと、彼らの真似なんて誰にでもできるものではない

時計が好きだからという理由でやってみようとしてもすぐにやめたいと思ってしまうんじゃないかと思う。少なくとも僕には、手持ちの愛すべき時計たちを端において、そんな時計たちを眺める間もなく最新の情報を逐一追って行って調べなきゃいけないなんて、とてもじゃないが無理だ。

じゃあ、僕と、編集者の方々は何が違うのか?

思うに時計雑誌の編集者とは、『自分の好き』を犠牲にして、まだ未知のもの、いつか誰かの『好き』になるものの探索に身をささげている、いわば『殉教者』のようなものなのかもしれない。だからこそ、大人な時計愛好家の皆様から、尊敬の念をもって迎えられ、賞賛され、慰労されていると思うし、もっとされて欲しいと思っている。

彼らが探索を行ってくれるから、それを市井の時計愛好家が活用し、愛すべき時計を新たに発見し、学び、ゆっくりと自分のコレクションを楽しむことができるのである。たぶんこれは時計だけじゃなく、もちろん、音楽雑誌や、クルマ雑誌の編集者にも通じる事なんだろうなあ。

僕は彼らに敬意を抱いている。そして直接お会いして、なおさらその思いを強くした。


願わくば、世の時計愛好家の皆様も、彼らの仕事への対価としてお金を払うことで、つまり本を買うことで、その思いを示してほしいなと思う次第でございます。そして彼らの会社には、高騰するスイス時計のように彼らの給料を毎年5パーセントとか10パーセントとか上げていってほしいなと、思うものです。


※余談ですが、以前ある時計雑誌編集者の方と飯を食いに行くのにクルマを運転した事がある。そのとき、毎日時計漬けで疲れているだろうから、何か時計以外の、気が楽になるような話題がないか探していて少し言葉に詰まってしまった。そしたら、先方から、ヨーロッパで取材した時計メーカーの未公開の話をしてくださった。きっと、僕が知りたそうな情報を選んで口にしてくださったのだろう、申し訳ないなと思うと同時にこれがプロなんだなあと感心させられたのでした。

腕時計にまつわる二つの奇譚



世の中は広いようで狭いもの。
僕が実際に体験した、腕時計に関わる2つの奇跡的な出来事を紹介したい。

まずはこの画像。
F_ncPsNaYAAzc5p
数年前、ある海外の島に旅行した際に、滞在していたリゾートホテルの朝食ビュッフェのときに撮った一枚。

時計はBELL&ROSSのVintage 126。ハイグレードのValjoux 7750をベースとして2カウンターにしたもので、機械の精度は抜群。ダイアルはその名の通りビンテージ時計にインスピレーションを得たデザインをしており、シックな黒文字板にどこかレーシーな風情も相まってよくまとまっている。ケースもさすがBELL&ROSS、少し大ぶりではあるがシャープで装着性も良い。革ベルトがついてきたのだが、この画像ではスピードマスター用?のブレスレットを無理やり装着して使っている。

ほんとうに何気なくとったリストショットだったのだが、この画像の右奥に、コーヒーを飲んでいる女性が映っている。

なんとこの写真を撮った二年後、このたまたま背景に写りこんでいる女性が、僕が東京で社会人として就職したばかりの時の同期だったという事が分かるのであった。

実はこの写真を撮った時、サラダバーにサラダを取りに行くときにこの女性をちらっと見た。そのとき、「あれ?どっかで見たことある気がする」と思ったのだが、先方も僕をちらっと見ただけで特になんの反応もなかったし、まぁどこかの誰かの他人の空似なのだろうと判断した。そして月日が流れ、同期同士でLINEか何かで会話する流れになったのだが、たまたまその女性が、2年前にとある海外の島に行ったことがある、と発言した。僕も同じ時期に行ってたので、『同じ時に僕もいたなあ』と思い、その時の写真を見返した。そしたらこの一枚が出てきて、『あれ?まさかあの時の…!?』と思い慌てて本人に、何年の何月何日、〇〇というホテルに泊まっていなかったか訊いてみたら、まさかの『え!?多分それあたし』。

画像を見せたら、疑いようもなく本人であった。ご丁寧に娘さんはこちらを眺めていた。新卒の時共に研修を受けた同期が、東京から何千キロも離れたとあるちっぽけな島の、さらに幾つもある中の同じリゾートホテルに同じ日に滞在し、たまたま隣のテーブルで朝食を摂っていた。こんな偶然あるのだろうか。いや、僕にあった位なのでそこら中にありふれた偶然なのであろう。

------

ではつぎの話はどうか。

FkuXNtiVsAEZ-Lj
これまたとある海外のとあるデパートでの出来事だった。

僕は同行者がお手洗いに行くというのでトイレの外で手すりにもたれて待っていた。するとすぐ右に、同じように手すりにもたれ連れを待っている現地の人がいたのだが、僕は彼の腕に光った時計を見逃さなかった。現行のJLC Memovoxである。僕はブログで度々書いている通り、Memovox E855の信者であり、その日も腕にE855を巻いていた。

なんたる偶然。Memovoxをわざわざ巻いているという事は時計好きと見てまず間違いないため、お互い暇であろう待ち時間でもあるので思い切って声をかけてみることにした。

"Excuse me sir, I just noticed the watch on your wrist,, is that Memovox? (すみません、あなたの腕時計について気になっているのですが、それはMemovoxですか?)"

"Ah yeah, correct. I love this watch! You like watches? (ああ、そうです、僕のお気に入りなんです。あなたも時計が好きなんですか?)"

みたいな感じで返してくれたので、僕は自信満々の顔で腕を上げて自分のMemovoxを見せた。彼はとても驚いた顔を見せ、次の瞬間相好を崩していつの時計なのか、どこで手に入れたのか、もっとよく見せてほしい、などと楽しい時計談義が始まったのであった。

お互い同行者がまだ出てこなかったため、Memovoxの話が落ち着いた後にお互いの仕事の話などになった。まあ初対面なので会社名も、もちろん自分の名前も明かす事はなかったが、僕が普段している仕事の話や業務形態、ロケーションなどをつらつらと話をしていたら、ふと相手が真顔になって固まっている。なんかマズイ事いったかな?と思った次の瞬間、彼は僕の話をさえぎって低い声でこう言ったのであった。

"Wait, are you... XXXX-san? (XXXは僕の苗字)" 

いきなり、僕は自分の名前を当てられ酷く驚いて狼狽した。どういう表情をしていたかも覚えていないが、混乱しつつも「え?まあ・・・そうだけど、なぜそれが分かったの??」とつぶやき、自分の持ち物にひょっとしたら名前が書いていたのかもしれないと思いきょろきょろと辺りを見まわした。

すると相手は目を真ん丸にしながらこうまくしたてた。

『XXX-さん、実は先月、△△国からWEB会議であなたのチームと会議をしたものです!!お互いビデオもONにしていたのであなたの顔を覚えていました!』

結構な数のWEB会議で初対面の人と話をする事があるので僕は申し訳ない事にいちいち相手の顔を覚えていなかったのだが、言われてみると目の前の人物とZOOM越しに話をしたような記憶がよみがえってきた。

"What a small world! I can't believe it (なんて偶然なんだ、信じられない!!)" と僕は声を抑えて叫び、全く意図せぬ再会を喜び合ったのであった。インスタも交換し、彼のコレクションも見たがまごうことなき時計愛好家のそれであった。FkuXNteUYAEl-f6


海をまたいで商談した相手と、外国のあるデパートの、ある階の、トイレの前で、しかも同行者を待ちながら、しかも腕に同じ時計を巻いて、僕から話しかけて再会したのであった。場所は同じでも、もし僕が時計を見逃していれば起こりえなかった。いや、時計に気づいても、僕がMemovox以外の時計を巻いていたらあえて話してなかったかもしれない。もし時計の話をしていても、どちらかの同行者が先に出てくればそれで「じゃあね!」と、話が終わっていたかもしれない。でも、そうはならなかった。奇跡的な再会は、ちゃんと果たされた。

こんな事ってある?

こんな事があるのが、リアル社会であり、こんな事も起こせてしまうのが、時計愛好家同士の奇縁というものなのであろう。


以上、非常に印象深い、腕時計に関する2つの奇譚のご紹介でした。

Wittnauer Cal.10WA搭載、1950年代アラーム時計のオーバーホール

カテゴリ:
少し前の話になるが、ずっと気になっていた時計がようやく入手できたので早速手入れすることにした。

この時計、昔とあるビンテージ時計店で見かけたことがあり、その時時計師さんが言うには「この時計はそこらへんの時計師が触ったらたいてい壊されます」と言っていたので、いざ時計が手元に来ても自分で触るのはとても怖かった。しかし整備しないと使えないため、細心の注意を払って手入れしよう!と決心したのであった。

しかしいざとなるとどれだけ探しても分解する手順がどこにも載っていないため、大変慎重にばらし方を考える必要があった。2日間くらい時計とにらめっこして、どうすればもっとも時計にダメージを与えるリスクを減らせるかを考えながら、ばらす方法を考える。

結果、どこかの海外サイトで、ベゼルを外した後の時計の写真があり、それをよーーく見ることでベゼルがはめ込み式であることがわかった。なので、このようにマスキングテープを貼って養生し、ゆっくりと、まっすぐコジアケを差し込む。すると・・・このようにベゼルが浮き、取り外せるようになるのであった。
IMG_1268

こちらがベゼルの裏。この時計、とても変わっていて、ベゼルを回転させることでアラーム針を回しセットする。しかも、同時にアラーム用のゼンマイも巻き上げるのである。↓の内側には、ベゼルの回転をムーブに伝えるための歯車が見て取れる。
IMG_1269

ベゼル、風防を取り外したところ。文字板の細かいギョーシェが美しい。かつ、インデックスが三角形、いわゆるシャークトゥースの形になっていてとてもカワイイ。アラームインジケーターはウネウネのサーペント針で、青焼きが施されている。
この年代のビンテージ時計で、長針と短針の夜光がこれだけきれいに残っているのは…奇跡ではないだろうか。
IMG_1271

ものすごく状態がいい。このモデルは防水性も低いため、たいていのモデルは湿気にやられ文字板に錆や汚れなどのダメージが浮いているのが常である。よーーく見ると、スモセコのインナーダイアルに子擦り傷がある。この理由は後でわかる。
IMG_1270

ほれぼれする美しさ。なお、文字板の周りに銀色の金属がぐるっと円を描いて置かれているのがわかるであろう。これは音環(という表現がいいのかはわからない)で、ムーブメントのハンマーがこれを叩いて音を出す。一般に、長ければ長いほど音がきれいに響くといわれている、と思う。
IMG_1273

裏ブタは単にはめ込まれているだけなので、こちらもこじ開けで開けられる。美しいムーブメントである。耐震装置がないので、時代としてはかなり昔のものということがわかる。ちなみに、1950年代の時計である。
IMG_1276

ムーブメント近影。穴石の周囲がしっかり面取りされ研磨されているなど、非常に丁寧に作られた印象を受ける。ねじもしっかりしているのがわかるであろう。
IMG_1277

キドメねじを外し、ムーブメントを取り出す。
IMG_1278

横から。必ずばらすときに、横から写真を撮り針のクリアランスを記録しておく。これが組みつけの時に大変役に立つ。
IMG_1280

横から。これインデックスも針もギョーシェも良すぎでしょ!?
少しはみ出ている歯車は、ベゼルの内側の歯車と連携してアラーム用のゼンマイを巻き上げるもの。
IMG_1282

アラーム用ハンマーはコレ。
IMG_1283

インデックスや針には経年のくすみが見られる。
IMG_1284

ばらしていくので針を外すのだが…開けてびっくり。この秒針のハカマを見よ!wめちゃくちゃ長いので引き抜くのに一苦労であった。これが理由で、前に整備した人が、ドライバーかピンセットをインナーダイアルに擦って、線傷がついてしまったのであろう。うーん、悲しい。
この秒針、しかもよくみると先端に向かってすこし膨らんでいるのだ。形がカワイイ。
IMG_1289

分針を取り外す。
IMG_1290

時針を取り外す。アラーム針の美しさが際立つ…この青い輝きを見よ。
IMG_1291

さて、ムーブメントをばらしていく。これは輪列受けを取り外したところ。
IMG_1316

角穴車、丸穴車を取り外したところ。
IMG_1317

香箱受けを取り外す。
IMG_1318

ベゼル。風防も傷だらけなので、ベゼルの金メッキに影響がないよう養生して磨く。
IMG_1486

養生したところ。
IMG_1487

少しだけ金メッキ部分を磨き、プラスチックは耐水ペーパーとサンエーパールで順番に磨く。まあまあきれいになった。
IMG_1489

さてこのムーブ、なんと・・二階建てなのである。↓はアラームモジュールの上下を分離したところ。アラームモジュールはサンドイッチのような構造になっていて、間にアラーム機構が収められている。それがそのままベースとなるムーブメントに乗っかっているだけであり、かなり大雑把な二階建て機構である。
IMG_1494

アラームの仕掛けについて解説。No.0のところがアラーム時刻になると押し下げられ、NO.1の部分の細いピンが解放される。これにより、No.2のゼンマイの力がNo.3の歯車に伝わり、この歯車がギザギザの歯を持つアラーム用歯車をぶん回し、それによりNO.4のハンマーが振動する、という仕組み。シンプルである。下に見えてる巨大な歯車は、ベゼルの回転を受けアラーム針を回すためのもの。
IMG_1495

このあと、さらに細かいパーツの洗浄、組み上げがあるのだが省略。上記のアラーム機構に気を付け、注油ポイントを見極めるのが重要。あとは基本的なムーブメントのOHでいえる。以下はすでに仕上がった状態。
IMG_1581

どうだ、、、この可愛さ。インデックス、針、ケース、すべて最高である。そのうえ、ベゼルを回転させてアラーム針をセット、しかもアラーム用動力を巻き上げるというとんでもない仕様。そもそも、アラーム時計でリューズが一つしかないというのは大変珍しいのである。
IMG_1584

…余談であるが、この時計、なぜか玄人受けがものすごくよい。海外の超有名コレクターや、ハイジュエラーのトップ顧客、個性的な名物コレクターなどがインスタのコメントなどでやたら反応してくださるのである。日本においては、高級時計専門誌Chronos日本版の編集長、広田氏が手に取り『これはすごく良いですね、欲しいです』と真顔でおっしゃっていた。僕と同じく機械式アラーム時計を愛する、結構ディープな女性時計コレクターが海外にいて、その方もずっと探していると言っていた。実は僕の手元に微妙にニュアンスの異なるこれと同じ時計がもう一本あるのだが、そちらも早く整備して手放すべきなのだろうなあとぼんやりと考えている。

これまた余談であるが、Wittnauerではこの素晴らしいシャークトゥースデザインのインデックスをもつアラーム機構がない手巻きのモデルが存在する。実はそちらも手に入れたくて探していたのだが、状態の悪いものしかなく(それでも超レア)当面の入手はあきらめたのであった。

と、以上、結構長く探してたWittnauerの珍しいアラーム時計の、さらに珍しいOHの記事でした。多分、Cal.10WAのここまで詳しい分解写真は世界でここにしかないと思う。

SEIKO BELL-MATICのオーバーホール その3

カテゴリ:
さて、裏返して日の裏を組み上げていく。
IMG_1909


IMG_1911
ほとんど写真がないw
淡々とカレンダーを取り付けるまで進む。

IMG_2004
カレンダー抑えを取り付けたら、その上に曜日のDISCを入れる。DISCに空いてる穴からオイラーを突っ込んで抑えを少しずらし、回転させつつはめるとよい。

IMG_2008
文字板の取り付け。見よこのコンディション!!めっちゃきれい。おそらくこれまで一度も手が入っていないため、新品のまま残ってきたダイアルである。湿気の浸食もなく、素晴らしい状態を保っている。こんな宝物を、この手で触れて感動。

IMG_2009
アラームインジケーターは外周リングになっており、上から乗せた後側面にあるおさえ板(?)で浮かないように抑える。スムーズに回ることを確認し、針を取り付けていく。
曜日の切り替わりとアラームを合わせ、12時の位置に針を取り付ける。

IMG_2009
針を載せたら・・・

IMG_2335
針オサエでぐいっと押し込む。アラーム時計は、押し込むときにアラーム抑えの分沈み込むので、しっかりと針を押し込まないと浮いてしまうので注意。力を変な方向でいれてしまうと、短針が曲がって文字板に接触してしまうので、慎重に、穴の大きさがあった針抑えを使う。

IMG_2003
磨いたケース、ベゼル、風防、裏蓋。ベゼル下は傷んでいるところはできるだけ削ったが、どうしても錆に浸食された跡は残ってしまう。でもこれはぜんぜんましな方である。
ベゼルはピカピカに磨いたのでギラギラしているw

IMG_2263
ケーシング。何度も何度もチリ吹きでホコリを飛ばし、確認しながら入れ込む。

IMG_2260
ケーシング終了、完成。見よこの輝き!!ベゼルのギラギラ度ヤバイ。

IMG_2218
ケースの傷は完全に取り切れなかったが、形を変えない程度に磨きこんで輝きを取り戻した。

IMG_2219
風防もクリア!視認性抜群。文字板はもはや神々しいレベルである。

IMG_2226
うーん、かっこいい…

IMG_2715
針のクリアランスチェック。実は一度お返しした後、秒針のずれにより分針が外れてしまったため、もう一度秒針の袴を締めなおして曲がりを取り除き、分針もよりタイトにはめ込んで調整している。

MJKT4786
組んだ後は実際の使用で問題がないかをチェックする必要がある。

IMG_2131
この輝き、どうだ・・・!ケースの形はシャープに保ったまま、小傷を取り除きクリスタルガードでコーティングすることでこのように美しい輝きを取り戻してくれた。

…と、いうことで、持ち主にお渡しして、今はストラップを選んでいるとのことであった。こちらから申し出ておきながら手間賃をいただいて直させていただいたSEIKO BELL-MATIC。全く同じモデルを持っているのだが、こんなに良いコンディションのBELL-MATICに触ったのは初めてであった。

長く時計趣味をやっているとこういう事もあるのだなあ、と有難く感じている。Tさん、どうもありがとうございました!

以上、SEIKO BELL-MATCのオーバーホールでした。

以下、その他写真集。1、2枚目は受け取ったときの写真。
IMG_1805
IMG_1835


IMG_2218
IMG_2219
IMG_2710
IMG_2713

SEIKO BELL-MATICのオーバーホール その2

カテゴリ:

さて、バラしていこう。まずは日の裏から。SEIKOのデイデイトムーブメントは、実用性を効率よく追いかけているオーラがひしひしと感じられて素晴らしい。きっと多くの社会人の企業生活をしっかりと支えてきた事であろう。

IMG_1847
目立った汚れのないパーツ。分解された形跡すらない、素晴らしい。

IMG_1848
カレンダーを外したところ。ばねはロディコを吸着させながら慎重にピンセットで取り外す。間違っても細めのドライバーを差し込んではじいたりしてはならない。


IMG_1850
次に輪列をばらしていく。単純明快な構成である。


IMG_1852
受けを外した状態、目が行くのはやはり左上のむき出しのゼンマイ。これはアラームを駆動させる用のゼンマイで、主ゼンマイとは独立して手巻きで巻き上げる。このゼンマイの収め方はBell-Maticの大きな特徴といえる。

IMG_1854
受けの裏側。古い油汚れがこびりついている。


IMG_1855
板状のコハゼ、三番車、四番車を外す。

IMG_1856
香箱も外す。この通りよごれがこびりついている。

IMG_1859
さて、これは二番車。
分針が取り付けられ一分回に一回転するのだが、この写真からわかるだろうか?根元のあたりに茶色い油汚れがびっしりついており、粘り気がとても強くなってしまっている。この歯車が回らないのが今回の時計の不動の原因といえる。

IMG_1861
洗浄にかける前に手でしっかりと汚れを落とす。するとこのようにすっきり!もっかい地板に戻してチリ吹きで空気をあててみて、抵抗なく回ることを確認する。


IMG_1869
次にアラーム機構、切替機構の分解を行う。

この時計は

1.時計機構
2.アラーム機構
3.日付・曜日機構

と大まかに三つに分かれていて、機能別に意識して分解していくと混乱せずに済む。


IMG_1871
バネも使われているため木で押さえながら慎重に取り外していく。


IMG_1873
切替機構には細かいギアがたくさん。アラーム時計は黒のグラフに比べてシンプルなイメージがあるが、切替機構はクロノグラフより部品も多く難しいと思う。
どうでもいいがこの台はSEIKOのS-682というもので使いやすくて大好きなのだが、プラスチックにはいっているスリットの隙間によくパーツがおちるので、このように分解や組み立ての時はセロテープで覆ってしまう。


IMG_1876
あらかた外した状態。あとはテンプの穴石などを外す。

IMG_1878
テンプ受けから穴石を外した状態で地板に戻す。こうすることでひげゼンマイの超音波洗浄ができる、とTwitterで教わったのであった。なんとリプライで教えてくれたのは自宅で時計制作をされている小栗大介氏。トゥールビヨンを自分で作ったりしているすごい人。


IMG_1879
分解したパーツはこのように細かく小部屋に分かれている弁当箱?のような箱に収め、ちゃんと写真でどこがどう固まっているかを残しておく。こうすることで、組み立てるときにねじの組み合わせを間違わずスムーズに進めていける。洗浄した後は同じ位置に戻すことで写真を見ながら間違いなく組み立てられる。

IMG_1887
メインスプリング。香箱の中は意外ときれいであった。ゆびで抑えながら丁寧にほどいて外していく。

IMG_1888
拭いてみると古いグリースの汚れが結構ついてくる。こちらも超音波洗浄の前にしっかり手で洗う。ベンジンをいれたガラスケースに入れてこすったりして汚れを落とす。


IMG_1890
超音波洗浄。位置を変えながら何度もやる。↑は最初にざっと洗っているところで、ケースはこの後プラスチック風防を外して磨いてまた洗浄して、、、というのを何度か繰り返す。ケースも、磨くたびに洗浄して研磨剤を落とす。

IMG_1894
水ですすぎ乾燥させ、終わったら注油しながら組み立てていく。


IMG_1895
組み立ては、分解の逆の手順で進めていく。また、ちゃんとマニュアルを読みながら進めていくのが重要じゃないと手戻りが発生したりして後で悲しい思いをすることになる。


IMG_1898
輪列も注油しつつ戻していく。


IMG_1907
切替機構が終わったのでアラーム機構へ。


IMG_1908
ちゃんとバネと石も注油して戻しておく。

IMG_1909
リュウズとアラーム用ボタンを戻し、動作を確認しながら組み立てていく。
アラームボタンを引かずにリュウズを引いた動作やアラームボタンを引いた(=アラームをONにした)状態でのリューズの操作など、パターン別にきちんと動くか動作を確認していく。

IMG_1911
それがおわったらカレンダー機構へ。

IMG_1912
カレンダー抑えを取り付けたところで、ある部品が箱に残っているのに気付いた。右下にある、星のような形をしたアラームを駆動させるための歯車である。さっき輪列組んだときに一緒にいれとかないといけなかったのを忘れていた

うーんこういう小ボケが作業効率を落としてしまう。もっともっと改善の余地ありである。


つづーく

SEIKO BELL-MATICのオーバーホール その1

カテゴリ:
とある縁からとある時計を預かることになった。それは・・・

IMG_1805

SEIKO BELL-MATIC。いわずと知れた国産アラームの名品で、高度経済成長期に多くの企業人を支えたであろう機械式アラーム時計の代表的なモデルである。


持ち主の方曰く曾祖父の遺品らしく、不動の状態で見つかったとのことで、写真とともにTwitterでつぶやかれていたのであった。

通常であれば「おお!僕が持ってるのと同じモデルだ!」と思うだけでイイネを押して済ませるところだったのだが、かなり偶然のご縁があり、どうしてもこの時計をちゃんと動けるようにしたいなあと思ったので、修理を申し出たところ快諾していただいたのであった(無料ではないにも関わらず)。

んで、とどいたのが↑だった。丁寧に梱包されていたうえ、地元のお菓子が同梱されていたのでとても美味しく頂いてしまった。


さて、時計を見ていこう。

固着していた裏蓋をがんばって開けたら、錆と汚れが結構詰まっていた。しかしパッキンによってムーブメント中身への浸食は最小限に抑えられていて、状態は悪くなさそうだな、というのが第一印象。

IMG_1809


ムーブメントを抑える細い針金の部品が錆にやられている。この部品は割れてしまっている個体も多い中、錆にやられてるだけで無事であったので一安心。あとでやすりで丁寧に錆を落とせばよろしい。

IMG_1812


やはりムーブメント本体は無事そう。

IMG_1813


自動巻きローターを取り外したところ。

IMG_1818


リューズ(小さい穴を押すと取れる)とアラームボタン(長方形の板の様になっている部品を押すと取れる)を抜いて、ムーブメントをケースから取り出す。

文字板はこの通りミントコンディション。たまらない。とても美しい。

表面にはうっすいフィルムを張ってあるのだが、中央に向かってサンレイ模様のごとく細い線が入っている。インデクスや針には一切夜光が入っていない。ビジネスマンにはオフィスで夜光など不要だ。多分。表記も最低限で大変好感が持てる。諏訪精工舎のロゴが誇らしい。

IMG_1820


↓は自動巻き機構を取り外したとこ。ドライバーやピンセットの擦り傷が全くない、ねじもきれいなままであるという事は、これまで誰も整備したことがないという事であろう。

しかし肉眼でも穴石の周りなどに、古い油が鉄粉と混じり固まってしまっているのが見える。一刻も早いクリーニングが必要な状態である。

IMG_1822


針のクリアランス。秒針が分針に触ってしまっている。

IMG_1825


ばね棒のささるラグ穴も錆と汚れでつまってしまっている。

IMG_1829

なので、最初からついていたばね棒を取り外すのに少し苦労した。

IMG_1830


風防・ケースはこの状態。こうやってみると汚れて見えるが、これは大したことはない。プラスチック風防は磨けば輝きを取り戻すので、こんなに汚れているように見えても心配無用。

IMG_1831

ただ、この風防とベゼルの間の錆?汚れ?が気になった。かなりの面積が侵食されている。きれいになるといいなあ…

IMG_1833

ベゼルのこじ開け口を探し、マスキングテープで養生してから研いだこじ開けを力いっぱいまっすぐ差し込みいれ、ベゼルをこじあける。ここでこじ開けをひねったりするとベゼルやケースにダメージをあたえるため、まっすぐ差し込むのに意識を全集中させる。

IMG_1834


とれた。
うーん、よごれは想定以上に詰まってしまっている。ただ錆ではなく固まった皮脂?のように見えたので、根気よくこすればきっときれいになると信じている。

IMG_1835


もう40年近く、あるいはそれ以上の時をかけて蓄積された汚れが、ぽろぽろと落ちてきている。すぐ奇麗にしてやるからね、と心の中でつぶやく。

IMG_1836

錆を、油さしの先端を加工した道具で少しずつ少しずつ削る。
これは錆取り剤に漬ける前に、できるだけ大きな錆を取り除いておくためである。風防の側面は平べったいドライバーをこすって汚れを落とす。

IMG_1838


さて、ムーブメントの分解に入る。

針を丁寧に取り外す。サランラップをかぶせ、一番小さなドライバー二本を使い秒針を取り除いた後、分針と時針を合わせて剣抜きで抜く。こんなに美しい文字板にダメージを与える事が万が一にもないように、細心の注意を払って針を取り除く。

IMG_1841

側面に二つ、アラームセット用のリングをとめるねじがあるので、それをゆるめてアラームリングを取り外す。と同時に、別に2つ、文字板の足を固定しているねじがあるので、それもゆるめて文字板を取り外す。するとこうなる↓

IMG_1842

銅色の薄いリング状のシートと、曜日の書かれた円盤を取り外す。ねじを外す必要はない。

日の裏が出てきたが、きれいなものである。ねじも一切傷がない、素晴らしい。
三本線が入っているように見えるねじは、逆向きに回して外す必要がある。
IMG_1843




つづーく。




Omega Memomatic オーバーホール その3

カテゴリ:
さて、最終投稿からだいぶ時間がたってしまい、携帯電話からすでにMemomaticの写真を削除してしまっていた。しかしなんとLIVEDOOR BLOGの下書きに写真が残っていたのが発覚し、無事にMemomaticのOHエントリを完結できそうで一安心である。

前回の続き。
洗浄かごに入れ超音波洗浄機にかける。部品数が多いので丁寧にピンセットで部品を持ち上げて、かごの中においていく。
IMG_20210609_224245

洗浄が終わり乾かすときはそっとキッチンペーパーの上においておく。
粉塵が少なさそうというのが理由なのだが、なんとなくよくないなあという気もしている。かといって乾燥機など入れられないし、どうするのが正解なのであろうか…
IMG_20210609_234527

このように、汚れがとりきれていないところや、錆となってしまい洗ったりこすったりするだけでは取り切れないところがある。
真ん中少し上と下の部分に注目、茶色い汚れが見える。これは錆だったので、錆取り剤をつけてしばらく放置し、もう一度洗う。
IMG_20210609_234536

このとおり!錆がなくなってすっきり。こういうのを見ると、ちゃんとメンテナンスしないと怖いなあ…と思う。
IMG_20210610_000314

組み立てに入る。裏側のアラーム機構、切替機構から取り付けていく。
IMG_20210610_005121

この時点で、普通の時計とは全く違った構造をしていると分かる人もいるかもしれない。部品の形も見たことがないものばかり。右のほうに見えている部品は、リューズとアラームレバーの切り替え、組み合わせを決定する切替機構。複雑な形状で見ごたえ、組みごたえがある。…そんな手ごたえ、なくていいのに。
IMG_20210610_011514

下の図は、ある程度切替機構やアラムインジケーター送り車などを取り付けたところ。
IMG_20210610_022928

さて、裏側の難しい部分を組むのがひと段落したため、気分転換もかねてケースをクリーニングしていく。まずは研磨して小傷をとる。
IMG_20210610_092605

サテン部分は細かな耐水ペーパーとサンエーパールでピカピカに磨く。
IMG_20210610_095253

ムーブの裏側を仕上げにかかる。カレンダーやカレンダー抑えを組んでねじ止め。
IMG_20210610_223448

いよいよ表側に入る。こういった歯車やほぞに汚れがついていないか、キズミで丁寧に拡大しながら見ていく。たまーに黒い汚れなどがついていることがある。
IMG_20210611_225854

あ、先に、この時計独特の機構のくみ上げをご紹介。

下の写真はこの時計の肝の部分。アラームインジケーターをセットするところ。真ん中のパーツに漢字の一のようなマークがついているのが見えるだろうか?
こういう目印に従ってアラーム抑えの歯車を調整することで、組みあがった後できちんとアラーム機構とアラームインジケーターが一致するようにする。
マニュアルでは、誤差は4分以内に収めること、とある。そうとうシビアな設定が必要。
IMG_20210613_022405

これもアラーム機構の中身。歯車に△のマークが見えるだろうか?これも日付送りをセットするための目印となる。見えにくいが、地板にこの△を合わせるための目印がついている。アラーム時計で日付送りがあると、調整が結構難しい。アラーム機構のタイミングと、日付送りのタイミングが0:00でちゃんと同期しておく必要があるためである。
IMG_20210613_021854

知らないと絶対に見逃すので、事前にしっかり組み立てマニュアルを読むことが大変重要。ムーブ名とPDFとかでぐぐればたいてい出てくるし、最悪はeBAYなどで購入も可能。このキャリバーの場合も以下のように結構丁寧に書いてくれている。
マニュアルがないのにOHするのはよほど慣れたムーブか、シンプルなムーブのみにしましょう。

manual1


下は裏側、輪列をくみ上げて受けをセットしたところ。右上に見える歯車はこはぜ。この時計の特徴として、巻き上げ時のコハゼ音はとてもソフトで柔らかい。あと、下側に見える銀の弓なりの部品は、音環と呼ばれる部品で、ハンマーがこれを叩くことで音を鳴らし響かせる役目を持つ。長ければ長いほどよく響くので、ぐるっとリューズに干渉するギリギリのところまで伸びている。
IMG_20210613_025139

アンクルとテンプを取り付けたところ。この時点で元気に回り始めないとアウツ!幸い、スムーズに動き出してくれて一安心。
自分で設置したテンプが勢いよく回り始めるのを眺めるのは、何度味わっても感動する瞬間。
IMG_20210613_025809

文字板を取り付けたところ。
文字板は外側と内側で別々になっており、特に内側は複雑な機構となっており癖があるため大変注意深く取り付けする必要がある。でないと、柔らかい素材でできているため曲がったりすぐに傷がついたりする。
IMG_20210612_004511

針を取り付けたところ。

針は、非常に注意深く曲がりやゆがみを取ってやることが超大切。その手間を惜しむと、セットしてから止まりや干渉でなんども針をつけ外しし、時計へダメージを与えることになってしまう。

なお、アラームインジケータとしては、▲が時間、=が分に合わせてセットするもの。
IMG_20210613_030151
アラーム操作バーは、このように金属の板をかませて固定する。
IMG_20210613_031004

本当は自動巻きローターを取り付けるのだが、ぼく個人の好みとして、この時計はできるだけ軽くしたいためあえて取り外している。たった一つの部品だが、驚くほど装着感が変わるのである。
IMG_20210613_031228


蓋をしっかりと締める。
IMG_20210613_031251

もちろん新品のOリングを取り付ける。しっかりグリースを塗り、少しでも防水性を担保できるよう祈りを込めながら装着。
IMG_20210613_031129

ひとまず完成。
OHを終えて超すっきり!!なOMEGA Memomatic。
ビンテージのエクステンションブレスを装着しています。
2021-06-13-085546434

めちゃめちゃかっこよくないですか。

OMEGAの時計で、この時計よりカッコいい時計はいまだに数えるほどしか見たことがない。それくらい、かっこいい時計だと思う。
2021-06-14-112320051

風防も磨いたためこの通り、超クリア!ケースの小傷も軽く取ったため非常にさっぱりして見える。
IMG_20210614_075714

また、当面は元気よく腕の上で動いてくれることを願います。
IMG_20210614_075810

新たに22㎜幅のストラップを購入。うすい茶色がよく似合うかなーと思ったためこれにした。
IMG_20210616_135452

思った通り、ぴったり!!素晴らしい!!
2021-06-20-075105015

この通りズボンの色に合わせて超満足なリストショット。
ほんとうにかっこいい時計である。しかもこれで分単位でセット可能なアラームを備えているというのだから、驚くほかはない。50年近く前に、このようなクールな機械式時計が世に生まれていた事が信じられない。
2021-06-20-055112020

もいっちょ、最後にリストショット。
2021-06-20-075045469

機械式時計に興味を持ったのは別のOMEGAのSea Masterだったが、その時、たまたま機械式時計でアラーム機構を持つ時計があるというのを知り、OMEGAxアラーム時計というのを探す中でたまたま見つけたもの。

僕の生涯で二本目の機械式時計であり、コレクションの中でも特別な意味を持つ、大変重要な一本。
IMG_20210616_171245

以上、MemomaticのOHについて、でした。
たぶん、ここまでムーブメントの中身を紹介した記事は世界初だったかな?

秋の時計

カテゴリ:
さて、秋である。

このブログは最終更新から春も夏もふっとばしてしまったため、秋の時計についていきなり書き始めてみよう。(MemomaticのOH記事の続きは、すでに写真がPCにBKUPされてしまい発見するのに時間がかかるためいつかまた)


日本の秋は湿気も少ないし温度も低いし、ドレスウォッチ好き、ビンテージウォッチ好きにはウキウキする季節である。

こんな壊れやすい音叉時計もご覧の通り遠慮なく使えます。

IMG_20211207_072646

IMG_20211207_080743



あと、長袖には重めの時計も合わせやすいため、こういうコーデも可能。

IMG_20221027_173758


みなさまもよき時計ライフを!

Omega Memomatic オーバーホール その2

カテゴリ:
前回の続き。

さて、バラした部品を見ていこう。

まず、アラームボタンと外環リング。この外環リングは多分ゴングが叩いて音を響かせるためのもの。多分ね。
IMG_20210609_005239
自動巻き機構を裏から。更に分解が必要。
IMG_20210609_005246
アンクル受けとアンクル。そこそこ擦った跡があるので、やはり手入れはされていたんだろうなあ。
IMG_20210609_005257
巻き上げ機構。上に2つ見える歯車の左側のパックマンみたいなやつがコハゼ。油切れっぽい。
IMG_20210609_005321
輪列。みたところサビとか汚れの固着とかはない。
IMG_20210609_005332
香箱とメインスプリング。きれいなものだ。
IMG_20210609_005347
切り替え機構の受けの裏側。大小3つの歯車が噛み合っている。黒く輪郭が残ってるのは昔の油の汚れ。
IMG_20210609_005409
アラームを抑えるレバーの操縦をする部品。なんか右側の部品、長簿沿い魚みたいで可愛い。
IMG_20210609_005417
カレンダー送り機構やアラーム抑えなど。ツツカナも見える。
IMG_20210609_005438
アラームを鳴らすゴングを震わせるための歯車とその受け。丈夫にできている。
IMG_20210609_005549

位置ごとに分けてこのように格納していく。
IMG_20210609_005702

文字板はすぐに格納してその後一切いじらない。これ鉄則。
IMG_20210609_005713

ここまでやってあまりの部品の多さにビビり、このような工夫をしてみた。

まず、取り外した場所が近いパーツを塊で紙の上においていき、ペンで丸で囲ってグループを作る。そしてそれぞれのグループに番号を振り、どの部品がどのグループに属すのかを写真で記録しておく。

こうする事で、万一ネジが転がってどこかにいっても、写真のグループごとのパーツの形状と数を見比べれば、どのグループから転がってきたネジかがわかる。部品洗浄後も、正しいグループに置き直せばそのまま直感的に組んでいける。
IMG_20210609_015508


クロノグラフの分解でもここまでしなかったのですが、思ったより部品数が多くしかもネジの形状が全く異なるためこのようにして、部品管理をしてみた。デジタル技術バンザイ。

その3へつづーく。

このページのトップヘ

見出し画像
×