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2024年03月

トケマッチとは何だったのか

何だったのか、も何もない。捜査の中で貸出し実績がないというのが明るみとなり、計画性の高いポンジスキームである事が明らかになったわけで、まあ詐欺事案だった訳です。ネット上で時計を預けた人を非難するポストも見かけるけどそれは事後孔明というやつで、詐欺の被害者という事で大変気の毒に思うより他にない。

と、結論が最初の2行で出てしまうのだが、この事件には、非常に興味深い点が一つある。
それは、だまし取ったのが現金ではなく時計だったという点である。

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マネーロンダリングと時計
僕は常々、時計の世界というのはマネー・ロンダリングと非常に親和性が高いと考えていたし、以前、WebChronosのメンバーサロンで腕時計とマネー・ロンダリングについて何回かに渡って長文を書いた事がある(最下部にリンク掲載。ぜひみなさんもWebChronosに参加してみてください、濃いですw)。

マネー・ロンダリングの入り口には、略奪や詐欺、強盗など犯罪行為やによる収益があって、次にそれをいかに『普通に使える』クリーンな金にするのかが来るのだが、普通、腕時計がダーティーマネーに関わるときは当然ながら現金⇒時計の流れでマネロンスキームに組み込まれ、どこかで時計⇒現金という出口にたどり着く。

翻ってトケマッチは、『いきなり腕時計』である

報道にある数字をよむ
直近の報道では、今年の1月を中心に在庫(?)を売りさばき、およそ1億円ほどの現金を作ったとあり、その後首謀者は会社を解散、住居も退去後にドバイに高跳びした、とある。尚この記事は非常に詳しく書かれていて、被害者グループの人数は「190人」、判明している不明分は『866本(計18億4000万円相当)』との事だ。

それぞれの数字を見ていこう。

まず、『1億円ほどの現金』である。これを多いとみるか少ないとみるかは難しい所だが、高跳びして国際手配される身としては、まあ涙が出るほど少ない、と言っても過言ではないだろう。しかも行先はドバイである。青天井のお金持ちが悠々自適に過ごす楽園である。実際にはもう少しあるだろうが、激しい円安のこのご時世、資金は2年も持たずに底をつくのではないだろうか?

次に、被害者グループが『190人』。これは、スキームの規模を考えれば予想外に少ない数字である。あれだけ人生をかけて、シェアリングエコノミーという時流に乗ってTVCMを打つなど壮大な仕込みを行い詐欺を敢行しても騙せたのはたったの190人なの!?とさえ思った。

ちなみに、僕のTwitterは1500人くらいの人にフォローされている。僕のつまらない呟きを好き好んでフォローする奇人たちであるが、まあ、それでも1500人は居るわけだ。この規模のポンジスキームにしては、非常に少ない人数だという印象を受けるし、それが被害発覚が遅れた(っていうか会社を潰すまでに時計を集める時間が十分とれた)ポイントだったのかも知れない。

んで、行方不明な時計の『866本』という数字。これを被害者の数(被害者グループ+αとして200人とする)で割った場合、一人当たり4-5本を預けていた、という算段になる。毎月の配当金が欲しいばかりに借金をこさえてまで時計を預けていたという人もいるくらいだから、まあ中央値で一人だいたい2本くらい預けていたのではないかな、と思っている。高級時計ってやはり一本だけ持っていても物足りないと思うのが普通の人だと思うので、まあ普段使いの時計を一本残し、あまり使わないものを預けて配当に与ろう、という人が結構いたんじゃないかなあと想像できる。

そして最後にそれらの価値、『計18億4000万円相当』という部分。これがひっじょーに気になるのである。

盗品の(物理的な)重さと国内での在処について
現在判明しているだけでキャッシュでおよそ1億円。たぶんまあ判明していないのがその3倍あるとしても合計で4億円くらいは換金されているかもしれない。それでも15億円ほどの価値が、まだ時計の形をしてどこかに存在している訳である。これには首謀者の福原某も頭を抱えているのではないだろうか。

腕時計は、時計単体でも実は結構重い。プラトナだと300g近くある(びっくりドンキーの300gハンバーグを思い出してほしい)というのは有名だし、SSのデイトナでもその半分くらいはあるだろう。18億円を866で割るとだいたい200万円の単価となるが、それなら相当数の貴金属の時計が含まれているだろうから、まあ平均は200gとしよう。200gx800本で、160kgである。しかも、ほとんどの場合は箱やら紙袋やら保証書やらと一緒に預けていただろうから、それらを含めると全部で400kgくらいはあるのではないだろうか。

こんなもの飛行機で運べるはずもないし、頑張って10本くらい持って行ったとしても税関で引っ掛かるリスクもある。日本のどこかに保管していると考えるのが自然である。

その保管されてる在庫を現金化しドバイに送金するスキームももちろん準備されていたとは思うのだが、それが一体どのように行われるのかという点において興味が尽きない。

現金化する方法とは
日本で業者に売り込むのは不可能だろう。詐取された時計のシリアルは集められて業者に共有されているだろうし、当然ながら大手のバイヤーやオークショニアには警察から相応の要請が入っていると考えらえれ、非常に警戒しているに違いない。

ここまで読んで、一旦、手を止めて考えてみてほしい。あなたなら、どのように現金にするのだろうか。手元に800本の高級時計があり、店に売りに行くことはできない…こういう場合、マネー・ロンダリングならぬウォッチ・ロンダリングが、どう展開されるのだろうか

・・・おそらく一番可能性が高いのは、個人間取引による現金化かな?もちろん、こんなに報道されている中で手あたり次第に買い手を探しても上手くいかないどころか自分たちの身が危険になるため、時間をあけて少しずつメルカリやヤフオクで流していくか、ダークマーケットに投入するか、という事になるだろう。

もし首謀者グループにツテがあれば、一番合理的なのは海外の顧客に売りさばいてしまう事だろう。たとえば、中国から団体でやってくるツアー客に安く時計が買える店があると持ちかけ、詐取した時計を安価に販売する。これなら顧客は安価に本物の高級時計が買えてハッピーだし、首謀者は現金が手に入りハッピーである。あるいは、密輸で少しずつあるいは大量に東南アジア某国、あるいは首謀者の逃亡先であるドバイなどに運び、そこで売りさばくという手法も考えられる。

(余談)最も恐ろしいのは、首謀者の福原某がただの操り人形だったというケースである。この詐欺はすべて黒幕が考え福原某に指示通りに実行させたものであり、時計は黒幕のマフィアなり半グレがまとめて買い取り、彼らの中の、あるいは海外の独自のネットワークだけで販売するとなったらどうであろうか。仮にトケマッチが詐取した時価15億円相当の時計を黒幕が5億円で買い取ったとして、それをさらに8億円、つまり市場価格の半額程度で仲間内にだけ販売するとなれば、黒幕はほぼノーリスクで3億円儲け、買い手は安く高級時計が手に入り、福原某は5億円+売り抜け分のキャッシュ数億円の収益を手にするわけである。もっともこの場合福原某は切り捨てられた駒のようなもので、後述する通りドバイで早晩立ち行かなくなるであろう。下手すると自殺にみせかけて口封じに殺されるかもしれない。黒幕の発案者は天才的である。ま、こんなシナリオがあったら映画だけど。

時計の在処をどう見つけるか
が、いずれにせよ800本もの盗品高級時計を直ちに現金化するのは非常に難しそうに感じるし、仮に現金化できたとしてもその資産をどう移動させるかというのも同じくらい難しい。被害に遭った時計はしばらくは国内のどこかに積みあがって放置されるのではないだろうか。そしてこの場合は国内に協力者が欠かせないと見られる。
もしも協力者が居るならば、首謀者の身辺調査から怪しい人物を割り出すのはそう難しくないであろう。割り出してしまえばあとは泳がせておけば時計のありかは掴めるかもしれない。嘘か誠か、近頃時計の保証金が振り込まれたと主張する人物も現れたので、これが協力者による振り込みだった場合は徹底的に追跡される事になるだろう。

もしも協力者がいないのであれば、時計は既に「売却あるいは密輸されている」か、本当に「ただ放置されている」。トケマッチは2023年末より預かり強化キャンペーンを打って時計を集めたあとすぐに会社を潰して逃げているため、どの程度密輸で越境移転させる暇があったのか甚だ疑問。海外に流れてしまっている時計はまだまだごく一部でほとんどは国内にあるのではないだろうか。送られてきた時計を移動させる際の監視カメラなどのデータがまだ多く残っていると考えられ、首謀者の行動調査から時計が置かれている場所の判別も可能となるかもしれない。

勝利条件と敗北条件
200人ほどの被害者の方々の勝利条件は、『時計が戻ってくること』。毎月の配当金をすでにもらっているため、もし時計(あるいは賠償金)が戻ってくれば詐欺の被害に遭ったが利益が出た、という奇妙な事になる。無論その利益は、だまし取った時計を売約した利益なのであるが。おそらくその勝利条件のオプション程度で、『首謀者の逮捕』というのがあるだろう。

翻って福原某の勝利条件が中々厳しい。『ドバイで捕まらない事』はもちろん、『1億円のキャッシュの目減りを防ぎドバイで生活基盤を構築すること』、『いつか日本に帰る事』、『日本に残してきた時計が見つからないよう保つ事』、『日本に残してきた在庫の現金化を行い、その収益を自分に移転させること』、『協力者の逮捕を避ける事』あるいは『黒幕に殺されない事』などウルトラハード級の勝利条件を背負って生きていかなければならない。裏返せば、これらのすべてが敗北条件であり、それをすべて回避する必要がある。無理ゲーである。

浜の真砂は尽きるとも…
ポンジスキームは非常に強力な仕組みであり、金融商品はもちろんのこと仮想通貨からエビ養殖、はては和牛なども組み込まれた事がある。原理的に根絶は不可能なのだ。それがたまたま、高騰&希少化が進む高級時計に焦点があてられただけである。それだけに、ただでさえこの風潮を快く思っていなかった多くの時計愛好家の胸を痛めている。

はたして何人が勝者たりえるのか、首謀者の福原某は今後どう立ち振る舞うつもりなのだろうか。僕のような時計愛好家には特に、目が離せない事件である。


彼らが愛しているのは、時計か、カネか。(1)
https://www.webchronos.net/sns/?m=pc&a=page_fh_diary&target_c_diary_id=77162

時計雑誌の編集者というお仕事

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一昨年から、縁あって時計雑誌の編集者・ライターの方々とお話しする機会が、ぽつぽつとあった。

もちろん彼らはプロフェッショナルなので時計の知識はすごいし、書いている文章もとても勉強になるし、ちゃんと事実を裏どりして書いてくれているので安心である。

そして、実際にお会いして話をしていたら、書物に書いてあることの数倍濃いお話をしてくださる。つまり、彼らの経験や知識をオレンジジュースのようにぎゅっと絞って絞って、いろんな事情で出せないものを取り除いて、きれいにパッケージングして値段をつけたのが、我々が目にする彼らの『仕事』である。

しかし、これって凄いことだよなあ、大変な仕事だよなあ、といつも思うわけです。

何故なら、彼らは誰よりも時計に詳しいかもしれないが、きっと時計好きの誰よりも、『自分の好きな時計』に拘る事ができないと思うから。

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(手がおかしいのはAIのせいです)

どういう事か。

彼らの仕事は日進月歩で進化し、目まぐるしく情勢の入れ替わる時計業界の最新情報を常にとらえておく必要がある。ので、常にアンテナを高くかかげ、膨大な情報を処理し、新しいことや人に取材をし、記事化する必要がある。時計業界で最新情報を幅広く常に追い続けるって、どれだけ大変なことか想像がつくだろうか?

自分の好きな時計、ひょっとしたら自分の持ち物についてすら、振り返ったり、ゆっくり愛でたりといった暇もないのではないだろうか。そして、会社もそんなものは求めない。なぜなら、読者にとって価値がないから。

たぶん、自分の苦手な分野についても情報を追い、取材し、記事化し、その記事について誰かに怒られないといけない。その度に「こんなもの俺だって書きたくないよ」と、心の中でだけ呟くしかないのかもしれない。

もしも自分がただの時計好きなら取り上げもしない、目もくれない、自分にとって全くどうでもいい時計についても、だれがどういう意図で発売し、どう出来上がっているか、どの写真が一番マシに見えるか、噓をつかない程度にどう魅力的に書くか…というのに頭を悩ませる必要もあるのだろう。

そしてもちろん彼らは公平な立場からものを書く義務があるため、自分が好きなブランドを感情をこめて賞賛するような文章を書くことができない。いや、ひょっとしたら少しはあるのかもしれないが、そうすると今度は他方から文句を言われることを覚悟しなきゃいけない。

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(最近買ってOHしたSEIKO 45-7000。精度が異次元に素晴らしい。もちろん本文とは関係ない)

きっと、彼らの真似なんて誰にでもできるものではない

時計が好きだからという理由でやってみようとしてもすぐにやめたいと思ってしまうんじゃないかと思う。少なくとも僕には、手持ちの愛すべき時計たちを端において、そんな時計たちを眺める間もなく最新の情報を逐一追って行って調べなきゃいけないなんて、とてもじゃないが無理だ。

じゃあ、僕と、編集者の方々は何が違うのか?

思うに時計雑誌の編集者とは、『自分の好き』を犠牲にして、まだ未知のもの、いつか誰かの『好き』になるものの探索に身をささげている、いわば『殉教者』のようなものなのかもしれない。だからこそ、大人な時計愛好家の皆様から、尊敬の念をもって迎えられ、賞賛され、慰労されていると思うし、もっとされて欲しいと思っている。

彼らが探索を行ってくれるから、それを市井の時計愛好家が活用し、愛すべき時計を新たに発見し、学び、ゆっくりと自分のコレクションを楽しむことができるのである。たぶんこれは時計だけじゃなく、もちろん、音楽雑誌や、クルマ雑誌の編集者にも通じる事なんだろうなあ。

僕は彼らに敬意を抱いている。そして直接お会いして、なおさらその思いを強くした。


願わくば、世の時計愛好家の皆様も、彼らの仕事への対価としてお金を払うことで、つまり本を買うことで、その思いを示してほしいなと思う次第でございます。そして彼らの会社には、高騰するスイス時計のように彼らの給料を毎年5パーセントとか10パーセントとか上げていってほしいなと、思うものです。


※余談ですが、以前ある時計雑誌編集者の方と飯を食いに行くのにクルマを運転した事がある。そのとき、毎日時計漬けで疲れているだろうから、何か時計以外の、気が楽になるような話題がないか探していて少し言葉に詰まってしまった。そしたら、先方から、ヨーロッパで取材した時計メーカーの未公開の話をしてくださった。きっと、僕が知りたそうな情報を選んで口にしてくださったのだろう、申し訳ないなと思うと同時にこれがプロなんだなあと感心させられたのでした。

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