あけましておめでとう2020!
というエントリを書かないとなんか更新しにくくなったので気分的に。。。昨年は時計がらみで色々と出会いのあった一年でございました。
お世話になった皆様、その節は誠にありがとうございました。
今年は、時計がらみの出会いをさらに増やしたいと思っているので、
引き続き何卒よろしくお願いいたします。
以下、暇な人のみ読んでください。
時計の何が好きか
こんなブログを読んでるあなたはきっと時計好きだと思うので、このテーマについて少し考えてみてほしい。あなたは時計の一体何が好きなのか?
一口に時計好きといってもこれはほんとにまちまちで、色々なコレクターの方の投稿を読んでいるが、だんだんと嗜好の合いそうな人、合わなそうな人というのが分かってくるのが面白い。
時計とはなんぞや、という哲学的な疑問には、すでに偉大なる先人であるところのアルキメデスが非常に鋭い考察を与えている。テセウスの船というテーマの問題に関する、『四原因説』という回答である。
テセウスの船(Wikipedia)
ギリシャ神話
プルタルコスは全部の部品が置き換えられたとき、その船が同じものと言えるのかという疑問を投げかけている。また、ここから派生する問題として置き換えられた古い部品を集めて何とか別の船を組み立てた場合、どちらがテセウスの船なのかという疑問が生じる。
ー中略ー
アリストテレスの四原因説
アリストテレスの哲学体系では、事象の原因を4つに分け(四原因説)、これらを分析することでパラドックスに答えることができるとされる。アリストテレスによれば、ある事象が「何であるか」は「形相因」であり、その観点では設計などの本質が変わっていないため、テセウスの船は「同じ」であるとされる。同様にヘラクレイトスの川も「形相因」的には変わっていないが、「質料因」が時と共に変化しているとされる。
また、「目的因」から見ると、テセウスの船は「質料因」としての材質が変わったとしても、テセウスが使った船であるという「目的因」は変わっていないとされる。「動力因」は誰がどのように作ったかを指し、テセウスの船の場合、船を最初に作った職人は同じ道具や技法を使って修理(部品の置換)をしたと考えることができる。
つまりは、時計という物体を認識するとき、時計の何をもって時計と判断するか、というとらえ方は四つあるという提言である。これは鋭い。この四つのとらえ方というのは質量因、形相因、作用因、目的因、である。
詳しくは上記Wikipediaを読んでいただくとして、これは時計が世の中に産まれ、その時計に価値を見出す人が産まれる現象を説明する提言として、また、ご自身の時計愛を客観的に見つめなおす視座として、とても有益な考察だと思う。
少し砕いて言えば、質量因は時計の材質、形相因は時計という概念、つまり時を表すという機能、作用因とは時計が作り上げられる工程、そして目的因は実際に使ったり売ったりする目的だと言い換えることができよう。こうして四つに分解するだけでも、嗜好はかなりバラバラである事がお分かりいただけるのではなかろうか。
…というのを踏まえて、自分の嗜好を改めて見返して、新年の抱負代わりにこのブログは何でないかを考えてみた。
『いつかデイトナ欲しいよね』は何でないか
- ショッピングサイトではない。商品を売ることは無い。
- 掲示板サイトではない。読者同士の交流は無いほうがよい。制御できない。
- ニュースサイトではない。時計のニュースは日々溢れていて個人で追いかけるのは不可能。それを分かりやすく説明するのはもっと不可能。
- 宣伝サイトではない。特定のブランドの宣伝を目的としたエントリはない。需要が無い。
- 日記ではない。読み手が読んだ後何も心に残らないものを書きたくない。個人情報も書かない。
- 批評ではない。悪口は書かない。誰かが読んで傷つく可能性のある事は避ける。
- 政治、宗教の話はしない。不要な争いは避ける。
皆様も、2020年が時計愛にあふれたよい一年になることを祈っております。