Wittnauer Cal.10WA搭載、1950年代アラーム時計のオーバーホール
少し前の話になるが、ずっと気になっていた時計がようやく入手できたので早速手入れすることにした。この時計、昔とあるビンテージ時計店で見かけたことがあり、その時時計師さんが言うには「この時計はそこらへんの時計師が触ったらたいてい壊されます」と言っていたので、いざ時計が手元に来ても自分で触るのはとても怖かった。しかし整備しないと使えないため、細心の注意を払って手入れしよう!と決心したのであった。
しかしいざとなるとどれだけ探しても分解する手順がどこにも載っていないため、大変慎重にばらし方を考える必要があった。2日間くらい時計とにらめっこして、どうすればもっとも時計にダメージを与えるリスクを減らせるかを考えながら、ばらす方法を考える。
結果、どこかの海外サイトで、ベゼルを外した後の時計の写真があり、それをよーーく見ることでベゼルがはめ込み式であることがわかった。なので、このようにマスキングテープを貼って養生し、ゆっくりと、まっすぐコジアケを差し込む。すると・・・このようにベゼルが浮き、取り外せるようになるのであった。
こちらがベゼルの裏。この時計、とても変わっていて、ベゼルを回転させることでアラーム針を回しセットする。しかも、同時にアラーム用のゼンマイも巻き上げるのである。↓の内側には、ベゼルの回転をムーブに伝えるための歯車が見て取れる。
ベゼル、風防を取り外したところ。文字板の細かいギョーシェが美しい。かつ、インデックスが三角形、いわゆるシャークトゥースの形になっていてとてもカワイイ。アラームインジケーターはウネウネのサーペント針で、青焼きが施されている。
この年代のビンテージ時計で、長針と短針の夜光がこれだけきれいに残っているのは…奇跡ではないだろうか。
ものすごく状態がいい。このモデルは防水性も低いため、たいていのモデルは湿気にやられ文字板に錆や汚れなどのダメージが浮いているのが常である。よーーく見ると、スモセコのインナーダイアルに子擦り傷がある。この理由は後でわかる。
ほれぼれする美しさ。なお、文字板の周りに銀色の金属がぐるっと円を描いて置かれているのがわかるであろう。これは音環(という表現がいいのかはわからない)で、ムーブメントのハンマーがこれを叩いて音を出す。一般に、長ければ長いほど音がきれいに響くといわれている、と思う。
裏ブタは単にはめ込まれているだけなので、こちらもこじ開けで開けられる。美しいムーブメントである。耐震装置がないので、時代としてはかなり昔のものということがわかる。ちなみに、1950年代の時計である。
ムーブメント近影。穴石の周囲がしっかり面取りされ研磨されているなど、非常に丁寧に作られた印象を受ける。ねじもしっかりしているのがわかるであろう。
キドメねじを外し、ムーブメントを取り出す。
横から。必ずばらすときに、横から写真を撮り針のクリアランスを記録しておく。これが組みつけの時に大変役に立つ。
横から。これインデックスも針もギョーシェも良すぎでしょ!?
少しはみ出ている歯車は、ベゼルの内側の歯車と連携してアラーム用のゼンマイを巻き上げるもの。
アラーム用ハンマーはコレ。
インデックスや針には経年のくすみが見られる。
ばらしていくので針を外すのだが…開けてびっくり。この秒針のハカマを見よ!wめちゃくちゃ長いので引き抜くのに一苦労であった。これが理由で、前に整備した人が、ドライバーかピンセットをインナーダイアルに擦って、線傷がついてしまったのであろう。うーん、悲しい。
この秒針、しかもよくみると先端に向かってすこし膨らんでいるのだ。形がカワイイ。
分針を取り外す。
時針を取り外す。アラーム針の美しさが際立つ…この青い輝きを見よ。
さて、ムーブメントをばらしていく。これは輪列受けを取り外したところ。
角穴車、丸穴車を取り外したところ。
香箱受けを取り外す。
ベゼル。風防も傷だらけなので、ベゼルの金メッキに影響がないよう養生して磨く。
養生したところ。
少しだけ金メッキ部分を磨き、プラスチックは耐水ペーパーとサンエーパールで順番に磨く。まあまあきれいになった。
さてこのムーブ、なんと・・二階建てなのである。↓はアラームモジュールの上下を分離したところ。アラームモジュールはサンドイッチのような構造になっていて、間にアラーム機構が収められている。それがそのままベースとなるムーブメントに乗っかっているだけであり、かなり大雑把な二階建て機構である。
アラームの仕掛けについて解説。No.0のところがアラーム時刻になると押し下げられ、NO.1の部分の細いピンが解放される。これにより、No.2のゼンマイの力がNo.3の歯車に伝わり、この歯車がギザギザの歯を持つアラーム用歯車をぶん回し、それによりNO.4のハンマーが振動する、という仕組み。シンプルである。下に見えてる巨大な歯車は、ベゼルの回転を受けアラーム針を回すためのもの。
このあと、さらに細かいパーツの洗浄、組み上げがあるのだが省略。上記のアラーム機構に気を付け、注油ポイントを見極めるのが重要。あとは基本的なムーブメントのOHでいえる。以下はすでに仕上がった状態。
どうだ、、、この可愛さ。インデックス、針、ケース、すべて最高である。そのうえ、ベゼルを回転させてアラーム針をセット、しかもアラーム用動力を巻き上げるというとんでもない仕様。そもそも、アラーム時計でリューズが一つしかないというのは大変珍しいのである。
…余談であるが、この時計、なぜか玄人受けがものすごくよい。海外の超有名コレクターや、ハイジュエラーのトップ顧客、個性的な名物コレクターなどがインスタのコメントなどでやたら反応してくださるのである。日本においては、高級時計専門誌Chronos日本版の編集長、広田氏が手に取り『これはすごく良いですね、欲しいです』と真顔でおっしゃっていた。僕と同じく機械式アラーム時計を愛する、結構ディープな女性時計コレクターが海外にいて、その方もずっと探していると言っていた。実は僕の手元に微妙にニュアンスの異なるこれと同じ時計がもう一本あるのだが、そちらも早く整備して手放すべきなのだろうなあとぼんやりと考えている。
これまた余談であるが、Wittnauerではこの素晴らしいシャークトゥースデザインのインデックスをもつアラーム機構がない手巻きのモデルが存在する。実はそちらも手に入れたくて探していたのだが、状態の悪いものしかなく(それでも超レア)当面の入手はあきらめたのであった。
と、以上、結構長く探してたWittnauerの珍しいアラーム時計の、さらに珍しいOHの記事でした。多分、Cal.10WAのここまで詳しい分解写真は世界でここにしかないと思う。